自衛のためだけでなく、活用のために読むべし。 無意識の認知メカニズムが、本人の意思を「意思決定」しているよ、という。さらに、そうした認知系に直接トリガーをかけ続けているのが現代社会で、わたしたちは自分で選んでいるようにみえても、それは制御された結果なんだよ、と主張する。 SFでさんざん弄ばれてきたテーマなので、別に驚きゃしない。が、ここまで検証されると、恐ろしいを通り越してこっちが利用したくなる。マスメディアを通じた大衆誘導や世論操作、欲望を活性化させるコマーシャリズムは、もはや「古典」。むしろ、騙されていることに自覚的になることで、毒をもって毒をコントロールできるようにならないと。 たとえば、新型インフルエンザ。甘く見るのは問題だが、露出操作の裏側に、"意図"を垣間見ることはできないか。マスコミ露出が激しくなるにつれ、「なぜ今?」という疑問が出てくる。流行は以前からあったにもかかわらず、あるタイミングでバースト的に報道され、大型花火を打ち上げるようだ。火花の陰に目立たなくなったのは、たとえば、クライスラーの経営破綻がある。 もちろん陰謀論にするつもりはないが、インフルエンザの報道により相対的にインパクトが減ったのは事実。パンデミックという恐怖でもって、世界恐慌の恐怖を糊塗したことになる――本書のリクツを適用すると、こんな「見方」を描くことができる。 上記の「想像」は、わたしの妄想かもしれない。ただ、本書を読むと、どうしてもそんな目になってしまう。たとえば本書では、「なぜそれを買うのか?」や「リメイク版がヒットする理由」といった消費者心理にターゲットをあてている。消費行動の正体は予想どおりかもしれないが、翻って自分は?と問い直すと愕然とするはず。本書で指摘された、まさにそのまんまだから。 さらに、盗めるアイディアもある。「"快"はどこから来るのか?」なんて話からは、「親近性と新奇性」という古典的なアイディアをいただいた。 つまりこうだ。革新的なアイディアが世を席巻するとき、そのアイディアそのものは完全に新しいものではない。どこかで目にし・耳にしたという、なじみ深さが必要なんだ。懐かしくて、新鮮に感じられるものに、わたしたちは快を見出す [「詩学」は原則本] 。音楽であれ、舞踏であれ、原則は一緒。アリストテレスの時代から、なじみ深さと目新しさが快楽の原則なんだね。これを応用すると、ベストセラーの傾向と対策を押さえ、仕掛ける書き方・売り方ができる(ハリポタ+スターウォーズ→ドラゴンライダーとか)。 いっぽうで、疑問も出てくる。大衆心理の操作と認知メカニズムを論じているにもかかわらず、その基本の書が欠けているのが不思議だ。参考文献として真っ先に挙るべき「プロパガンダ」と「影響力の武器」が、二冊とも欠けている。本業が知覚心理学なのだから、知らないはずはないのだが… あるいは、政府やマスコミによる意識操作の例としては、「KY」や「自己責任」といった格好の素材があるにもかかわらず、スルーされている。「納豆ダイエット」や「ポケモン事件」といった"無難な"ネタを引いてくる。斬鉄剣で豆腐を両断しているようで、残念。いくらでも悪用が利くのに、自制して筆を矯めている(溜めている?)ようだ。 ならば読者が利用してやろうではないか、と思わせる一冊。
投稿日時: 2009-05-10 23:21:05 【ブログへ行く】